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アクタス1993年10月号 ▼探偵の人間万華鏡▼⑩

行動監視の妄想に怯え

電話盗聴と不安顔の女医

「相談したいことがありますので、来ていただけませんか。そちらの事務所にうかがうことができませんので……」

九月上旬のある日、落ち着いた女性の声で事務所に電話がかかった。
早速、指定された金沢市内のホテルの喫茶コーナーに出向く。電話であらかじめ聞いていたいた通り、ブルーのスーツ姿の女性が喫茶コーナーの窓際に席を占めていた。依頼者の浅田 令子さん(45)=仮名=である。差し出された名刺で、金沢市内の病院の勤務医であることが分かった。浅田さんは開日一番、こう言った。

「だれかに監視されているような気がするんです。それで、そちらの事務所へ出向けなかったのです。わぎわざご足労いただきまして、申し訳ありません」

浅田さんは三人家族。夫は大学教授、息子さんは大学生で二人とも東京に住んでおり、本人は単身で病院の宿舎住まいである。浅田さんの話によると、半年ぐらい前から、だれかに自室の電話を盗聴され、外出すると尾行されているような気がしてならず、不安でしようがないというのだ。

電話器はNTTに依頼して調べてもらったが、異常はなかった。しかし、不安は消えず、室内にコードレスマイクのような盗聴器が仕掛けられていないか調べるとともに、外出時に周囲に分からないように同行して、自分の後を付け回す人物がいないいかどうか調べてほしい、と依頼してきたのである。

浅田さんは頭脳明断で、医師としても極めて優秀に見える。半信半疑ながら根も葉もない荒唐無稽な話とも思えず、調べてみることにした。

病院宿舎の部屋に電波探知機を持ち込み、浅田さん立ち会いのうえで、盗聴器がセットされていないかどうか、押し入れの中から台所の下までくまなく調べた。
しかし、不審な電波は感知されず、実際に盗聴器も発見されなかった。
次は外出時の尾行。浅田さんから連絡を受けた行動スケジュールに基づいて、少し離れた所から浅田さんを尾行する不審な人物や車がないか徹底的に調査を続けた。
一カ月の間に数回にわたって浅田さんに同行して観察を続けたものの、不審な人物の影は浮かんでこなかった。
浅田さん自身、調査依頼してからはだれかに後を付けられたり、軍話を盗聴されている気配はまったく感じなかったという。
結局、浅田さんの単なる妄想、思い過ごしだったようだ。

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