メディア掲載実績

アクタス1993年11月号 ▼探偵の人間万華鏡▼⑪

単身赴任の破局の構図

夜、留守がちの妻に疑念

「一体、だれのために寂しく、切ない思いをして一人で激務に耐えているのか、ばからしく思えてきました。
私の思い過ごしであればいいのですが、妻のことをいろいろ考えると最近は仕事も手につかないんです」 十月上旬、金沢市に本社を置く中堅メーカーの名古屋支店に二年前から単身赴任している山崎照明さん(44)=仮名=が、弱々しい声で事務所に電話をかけてきた。
山崎さんは化粧品の訪問販売をしている妻(40)と高校一年の長男、中学二年の長女の四人家族である。山崎さんの話によると、四カ月ほど前から夜、自宅に電話を入れても妻は留守のことが多くなった。子供たちに聞いても、「夕食が終わると子供部屋に入ってしまうので、お母さんがどこへ行ったのかはわからない」と言うだけである。後日、妻は「お客さんの自宅を訪問していた」と言い訳をしていたが、午後十時を回るセールスがそう頻繁にあるとは考えにくい。

山崎さんは仕事が多忙なことから、自宅に帰れるのは二カ月に一度ぐらいである。一週間ほど前に帰ったところ、夕方、自宅に数回電話がかかり、山崎さんが受話器を取るたびにプツンと切れた。しばらくして妻が帰宅し、再度電話がかかってきた。受話器を取った妻は慌てたように隣室に電話を持ち込み、声をひそめて話していた。しかも、妻の態度が何となくよそよそしい。その時、山崎さんは直感した。
「もしかしたら妻は浮気をしているのではないか」自分の思い過ごしであって欲しいという気持ちを抱きながら、妻の行動調査を依頼してきたのである。

早速、尾行調査に入った。訪問販売という職業柄、昼は民家への出入りが多いとみられることから、帰宅後の行動を重点的に調べることにした。
午後五時ごろから自宅付近で監視に着<。三日間は特に不審な行動は見られなかった。

「まさかうちの女房が・・・」

四日目の午後七時四十分ごろ、妻が自宅から歩いて出て来た。若々しく、華やいだ服装は、とても四十歳には見えない。 近所の人の目を避けるように周囲を見回してから、表通りに出て、近くの空き地に入って行く。 空き地の奥の方に白色の車が止まっていた。ライトを消しているが、エンジンはかかっている。妻は小走りで車に近寄り、助手席のドアを開けて車内に体を滑り込ませた。

車はただちに大通りに走り出る。信号で停止した車の中の男女は肩をたたき合ってはしゃぎ、一見、恋人同士のように見える。車はどこにも立ち寄らず、いつものコースであるかのように真っすぐ松任市郊外のラブホテルに入って行った。

監視を続けていると、午後九時三十分ごろ、二人の乗った車がホテルから出て来た。二人は国道8号沿いの喫茶店で休み、妻が帰宅したのは午後十一時を回っていた。

その後の調べで、男性は三十八歳の妻子あるサラリーマンとわかった。二人の親しげな様子から考えると、相当以前から交際しているように思えた。
後日、山崎さんに調査結果を報告した。山崎さんは報告書をめくる指先を小刻みに震わせながら、こう言った。「私も以前、火遊び程度の不倫をしたことはある。でも、まさかうちの女房が・・・」
事務所を後にする山崎さんの後ろ姿が哀れでならなかった。

派手になった化粧、服装

山崎さんのように単身赴任中の会社員からの調査依頼は、ここ数年、妻からの依頼と同様に目立つようになってきた。「妻が浮気をしているような気がするのだが、確認して欲しい」との依頼である。この種の調査結果を見る限り、夫の赴任後にただちに浮気するのはまれであり、一年以上たって夫不在の生活に慣れたころが多い。

新潟市に三年前から単身で赴任している中川幸雄さん(40)=仮名= が、パート勤めをしている(38)の 行動に不信感を抱き始めたのはつい最近である。

中川さんには中学一年と小学四年の二人の息子がいる。

中川さんによると、これまでは両親が自宅近くに住んでいるため安心していたものの、先日、金沢へ戻った際、妻の態度が妙に冷ややかだっ た。以前であれば中川さんが自宅に戻った時、腕によりをかけて料理を作って迎えてくれたのに、今回帰った時には「なぜ、帰って来たのか」と言わんばかりのそっけない態度であり、話をしても上の空という印象を受けた。しかも化粧や服装が随分派手になっていた。

母親の話では、妻は「残業で遅くなるから子供の食事を頼みます」と、ちょくちょく外から電話をかけてくる。先日も残業だと連絡してきたため、子供の食事を作りに行った。

しぱらく妻の帰りを待っていたものの、数時間しても帰って来ない。しびれを切らしてパート先に電話したところ、だれも出なかった。一時間ぐらいしてようやく帰宅した妻にたずねたところ、「残業の後、職場仲間と飲みに行ったのです」と弁解していた。

会社の慰安会で撮った記念写真を見ると、妻はいつも同じ男性と肩を並べて写っていた。以前、妻が中川さんに「この男性は奥さんと離婚したばかりのかわいそうな人なのよ」と話していたことを思い出し、中川さんはあの写真の男こそ妻の浮気相手ではないか、というのである。
妻の勤務する会社付近で張り込みし、退社するのを待って尾行を開始した。金曜日の午後六時二十分ごろ、妻が車で会社から出て来た。自宅と反対方向に走行し、国道8号沿いのレストランの駐車場に車を止めて店内に入る。すでに店内の窓際の席を占めていたのは、まさしく写真の男性だった。二人は仲睦まじい夫婦のような雰囲気で食事をしている。約一時間後、二人はレストランから出て来て男性の車に乗り込んだ。車の行き先は津幡町近くのラブホテルだった。

男性は半年前に離婚しており、同居する両親が三人の子供の世話をしていた。

突然の三くだり半に当惑

木村健一さん(55)=仮名=は東京での単身赴任生活四年目である。妻は保険会社の外交員で四十四歳。二十四歳のOLの長女はアパートで独り暮らしをしており、十九歳の二女は東京で大学生活を送っている。自宅には木村さんの実母と妻が二人で暮らしていた。

木村さんは最近、母親から妻が真夜中に帰宅する日が多く、休日もほとんど自宅にいないという話を聞いた。先日、自宅に戻った時、妻に「一体、お前はいつもどこに出歩いているのか」と問い詰めたところ、妻は理由も明かさず、いきなり「離婚したい」と切り出してきたのである。
木村さんはこれまで、夫婦仲は特に悪い方だとは思っていなかった。若いころからひたすら仕事に励み、子供の教育はむろん、家庭内のことはすべて妻に任せっきりだったことは確かだ。しかし、妻から突然、三くだり半を突きつけられる心当たりはない。妻は浮気をしているに違いない、というのである。

調査の結果、妻は金沢市郊外に二カ月ほど前からアパートを借り、四十二歳の男性と二人、夫婦と偽って住んでいることがわかった。結果報告を聞いた木村さんは、「定年まであと五年頑張れば、娘二人も片づくだろうし、やっと夫婦二人でのんびり旅行でもできると思っていたのに」と、ショックを隠しきれない様子だった。

単身赴任を機に改めて家族の大切さに気付き、絆を強くする夫婦がほとんどだろう。しかし、中には妻、あるいは夫が、同居していない気楽さから独身気分の戻り、自制心を失ってしまうケースもある。その差は一体、どこから生まれるのか。単身赴任に関連した調査依頼を受けた時、いつも心にせり出す疑問である。 (最近の調査結果を素材にした創作です)

  |  

メディア掲載実績一覧に戻る

Return to Top ▲Return to Top ▲