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アクタス1993年8月号 ▼探偵の人間万華鏡▼⑧

独身気分抜けぬ若夫婦

自室でファミコンに熱中

「夫の帰りが毎晩遅いんです。きっと浮気しているんだと思います。調べて下さい」 金沢市内に住む主婦山田幸子さん(27)=仮名=が、夫の信夫さん(30)=同=の行動調査依頼に訪れた。背が高く、鼻筋の通った目の覚めるような美人である。

幸子さんの話によると、信夫さんとは友人の紹介で知り合った。結婚前、信夫さんには複数の女友達がいることは知っていた。実際、手帳には男性のほかに女性の名前、電話番号がびっしり書き込まれており、プレイボーイであるとは思っていた。
しかし、知り合って三カ月後、信夫さんから「他の女友達とはきっぱり別れるから結婚してほしい」とプロポーズされた。幸子さん自身、学生時代の女友達の大半がすでに結婚していて多少焦りを感じていたことも事実である。生まれて初めてプロボーズを受け、信夫さんの積極性に半ば引きずられるような格好で結婚を承諾。インテリアコーディネーターの仕事も辞め、専業主婦となる決意を固めたのである。

結婚に当たって、信夫さんの両親は息子夫婦のブライバシーに配慮し、古い家を二世帯住宅に改築した。玄関はーつだが、トイレ、台所は別々にあり、互いに気遺いする必要はなく、経済的にも恵まれていた。信夫さんも午後七時ごろには帰宅し、甘い新婚生活が始まった。

しかし、そんな甘い新婚新婚は一カ月とは続かなかった。信夫さんは帰宅するとすぐに自室に閉じこもり、ファミコンに熱中していたかと思うと、いきなり「これから飲みに出掛ける」といって一人で外出したり、泥酔状態で午前一時過ぎに帰宅する日が度重なるようになったのだ。

むろん、幸子さんは何度か声を荒らげたことはあった。「あなたはなぜ、私と結婚したの。あなたの行動を見ていると、結婚している男性とは思えない。まるで独身気分じゃないの」
しかし、何度文句を言ってもいっこうに行動を改める気配はない。幸子さんは、ひたすら夫の帰宅を待つ自分自身が次第にみじめになり、「どうせ今日も帰りが遅いだろうから」と、離婚して独り暮らしをしている女友達のアパートを訪ね、時間をつぶす日が多くなった。
「やっぱり独り暮らしは気楽でいいなあ。私はなぜ、結婚したのかしら。彼がもし浮気をしていたら私にも覚悟はあるわ」
幸子さんはこう思って、調査を依頼してきたのである。

浮気裏付け慰謝料を請求

早速、調査を開始した。信夫さんの勤務先近くで待機する。午後六時十分ごろ、信夫さんは車を運転して会社を出た。尾行したところ、車は自宅とは反対方向に走り、内灘町に入った。金沢医科大付属病院近くの小路に入り、同じコースを三周したかと思うと、いきなり大通りに出て近くの酒屋に入り缶ビールを買った。その後、再び小路に戻り、しゃれたワンルームマンションの前の道路に車を止めた。マンションの駐車場には、先ほどまでなかった赤い車が止まっていた。信夫さんは赤い車の主の帰宅を待っていたようだ。マンションの二階に駆け上がり、203号室のチャイムを押すと、ドアはすぐ開き、部屋の中から「帰りが遅くなってごめんね」と若い女性の華やいだ声が聞こえた。その日、信夫さんは自宅には戻らなかった。

その後の調査で、女性は24歳のOLで、信夫さんの結婚前からの女友達の一人であることが分かった。幸子さんは信夫さんの浮気には薄々勘づいていたようであり、調査報告書を受け取った際、驚きというより、してやったりといった表情を浮かべた。

「浮気の証拠をつかんだのだから、これで正々堂々と慰謝料をもらって離婚できるわ。あの人は結婚しても独身時代の感覚が抜けない人だった。あの人のことはサッパリと忘れて気楽なシングルライフに戻り、もう一度インテリアコーディネーターの仕事を始めます」

部屋の中は散らかし放題

信夫さんのように、結婚しても独身時代の感覚が抜け切らず、自分だけの時間を楽しんだり、別の異性との交際を続けるケースは少なくないようだ。伴侶以外の異性の友人を持つことへの抵抗感が次第に薄れ、他の異性に心を移すことを「不道徳だ」とする伝統的な夫婦関係が崩壊しつつあるのかも知れない。

金沢市内に住む村上愛子さん(23) =仮名=も、独身時代の自由気ままな生活を改められなかった一人である。
「息子がかわいそうで見ていられない。 息子は一日中、汗まみれになって働いているのに、嫁といったら…。夜、どこに出掛けているのか調べて下さい」

相談に訪れたのは、愛子さんの姑に当たる五十代半ぱの女性だった。この女性の話によると、愛子さんの夜遊びが激しくなったのは結婚してニカ月ぐらいが過ぎたころだったという。 息子の洋一さん(28)=仮名=は東京の大学を卒業後、家業のオートバイショップを継ぐため、都内の大きな店で修業を積み、ようやく一人前になって帰って来た。息子は真面目でおとなしい性格であり、特定の女性と交際しているような気配がなかったため、両親が見合いを勧め、愛子さんと結婚したのである。

両親は結婚を機に支店を出し、息子夫婦のために店舗付住宅を新築して運営を任せた。結婚当初、愛子さんは家事と電話番、洋一さんは営業と修理作業の仕事に全力を注ぎ、経営は徐々に軌道に乗っていったようだ。
結婚して半年後のことである。仕事中の息子から「そっちに愛子が行っていないか」との電話が頻繁にかかるようになった。母親は「一体、あの夫婦はどうなっているのか」と若夫婦の家に出向いて、あ然とした。

家の中は、いつ掃除したのか分からないほどの散らかし放題。台所は茶わんが山のようになり、水につけたままになっていたのである。
息子に事情を聞いたところ、「見合いとはいえ、自分の意思で結婚したのだから、親に心配はかけたくないと思って今まで黙っていたが・・」 と言って切り出した。息子の話によると、愛子さんは昼、「スーパーマーケットに買い物に行く」と言って三時間近く帰らないことがあったり、夜は夜で「友だちとディスコに行って来る」と言って朝帰りしたこともあるというのだ。

超ミニ姿で男性宅通い

愛子さんの素行調査を開始した。ある日曜日の午後一時過ぎ、洋子さんは車を運転して自宅を出た。超ミニのスカートに大きなイヤリング。車は地元のスーパーマーケットとは逆方向に二十分ぐらい走り、金沢市郊外のマンションの前に止まった。愛子さんは軽い足取りでマンションの階段を駆け上り、持っていたかぎでドアを開け、部屋に入って行った。

マンション付近で部屋の様子をうかがっていると、愛子さんが部屋で掃除したり、布団を干しにベランダに出たりする姿が見えた。一時間ほどした後、若い男性が車を運転して帰って来た。二人が子供のようにじゃれ合っている声が聞こえる。午後三時過ぎ、愛子さんはマンションから出てスーパーで買い物をし、帰宅したのである。

その後の調査で、部屋の主は愛子さんが結婚前まで勤務していた会社の取引先に勤める二十四歳の独身男性と分かった。浮気が発覚した後、愛子さんは「商売屋はやっぱりいやだ。私はまだ若いから新しい人生を歩きます」と一方的に離婚届を書き、嫁ぎ先を出て行ったという。
結婚しても独身気分が抜け切らない若い男女が増えているのは、なぜなのか。入籍しないカップル、結婚後も旧姓を使用できる夫婦別姓問題の論議など、夫と妻の関係自体が変貌しつつあるのかも知れない。(最近の調査結果を素材にした創作です)

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