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アクタス1993年7月号 ▼探偵の人間万華鏡▼⑦

性に溺れる熟年男性

無言電話で浮気を直感

「あの年でまさかとは思うんですが・・・。でも、何となく若い女にお金目当てで、だまされているような気がしてならないんです。実際はどうなのか調べてください」

金沢市内の63歳の主婦が夫の上岡敏郎さん(65)=仮名=の素行調査の依頼に訪れた。上岡さん夫婦の二人の息子は結婚して別居しており、孫も五人いる。本来なら何の心配もなく、肩を寄せ合って孫の成長を楽しみに生活を送っているはずの夫婦である。

上岡さんは左官職人だった。今は力仕事はできないものの、左官業を継いだ長男の手伝いをしている。高齢とはいえ健康そのものであり、知人から「十歳は若く見える」とお世辞を言われるのが何よりもうれしいらしい。
ある日、長男が「おやじは仕事中に時々姿が見えなくなるなあ。一体、どこへ行っているんだ」とつぶやくのを聞いた主婦は、妙に気になり、いやな予感が走った。
というのも最近、自宅に無言電話がかかってきたり、自分が電話に出ると切れることが度重なっていたからだ。さらに買い物から帰ると、敏郎さんが今まで聞いたことのないような優しいロ調で電話をしていた。

わざと音を立てて帰宅したことを気付かせたところ、敏郎さんは急に声の調子を変え、慌てて電話を切ったのである。問いただすと、片町のス ナックのママからの電話だと目をそらし、まるで子供のように躍起になって言い訳をした。その時、主婦は直感したのである。

「この人は浮気をしている」

早速、上岡さん宅付近で監視を始めた。
午前八時十分ごろ、上岡さんが白の日産ローレルを運転して自宅を出る。近くのガソリンスタンドで給油した後、小松市内の仕事現場に 向かい、現場でしばらくトラックの荷下ろし作業を手伝っていた。

世間体はばかり浮気容認

上岡さんは午前十時半ごろに現場を離れ、ローレルを運転して山代温泉方向に向かった。温泉街のアパートの前に車を止めて二階の部屋へ入っていったかと思うと、十分ほどして四十代半ばの女性と共に出てきた。
助手席に女性を乗せ、車を金沢方向に走らせる。午後零時四十分ごろ、二人は金沢競馬場の駐車場に車を止め、場内に入っていった。同二時半過ぎ、競馬場から出て金沢西インターから北陸自動車道に乗り、小松インターで下りて近くのラブホテルに車を滑り込ませたのである。 その後の調べで、女性は温泉旅館に勤務する接待係と分かった。調査結果を聞いた主婦は「若いころならいざ知らず、この年になっていまさら離婚する元気はないですよ。経済的なこともあるし、世間体もありますしね」と、ため息混じりで首をうなだれていた。

十歳は若く見え活動的

人生八十年の時代を迎え、六十代、七十代になっても心身ともに元気ではつらつと暮らしているお年寄りは多い。上岡さんのように、元気 にまかせて「性」に溺れる”熟年男性”も少なくないようで、妻からの調査依頼も増えつつある。お年寄りであっても恋に心をときめかせる人は、活動的で実際の年齢より十歳は若く見え、おしゃれでもある。

金沢市内に住む川上武則さん(62)=仮名=も顔の色つやがよく、五十代前半に見える。二年前に一流会社の部長を定年退職し、気晴らしのためにパチンコ店に通う日々を送っていた。

今から五年前のことである。当時、仲のよかった同僚が急死した。
その際、残された奥さんの相談に親身に乗ってあげた。実際、亡くなってからしぱらくの間は、奥さんから何かにつけて電話がかかってきていたし、大学を卒業したての息子の相談にも乗っていた。ここ数年は連絡が途絶えていたものの、妻(60)は二人が最近になって、こっそり会っているのではないか疑い始めた。
疑惑がせり出したのは、パチンコの好きな同じ町内に住む男性がふと漏らしたひと言がきっかけだった。「お宅のご主人、ここのところ、あまりパチンコ店で見掛けませんね。以前は日課のように午後一時ごろから午後五時ごろまでパチンコをしていたのにね。体調でも崩されたんですか」 ところが、川上さんは毎日「パチンコに行って来る」と言って外出する。妻は「思い過ごしであれぱいいんですけど、念のため調べて下さい」と調査依頼に訪れたのだ。 調査にかかる。午後一時十五分ごろ、川上さんが自宅を出て内灘町方向に車を走らせる。内灘町の新興住宅地に入ると急に速度を落とし、後続車を追い越させた。目的地が近づいたことをうかがわせる動きである。

新興住宅地の入りロ付近に車を止めると、周囲の気配をうかがってから車を降り、歩いて五、六軒離れた民家に入っていった。約三時間、民家への人の出入りはない。
午後四時半ごろ、川上さんが玄関に姿を現し、五十過ぎの小柄な女性が少し遅れて後から出て来た。二人は若者のように華やいだ笑顔を交わしていた。車は間もなく走り出し、女性は車が見えなくなるまで見送っていた。

近所の人の話では、女性は五、六年前に夫を亡くした未亡人で、二十七、八歳の息子と二人暮らし。昼、息子が勤めに出ている間に、女性のパトロンらしい年配の男性が女性宅をしばしば訪れる。食事に行くのか、買い物に出掛けるのかは分からないが、仲睦まじい夫婦のように二人そろって車で出掛ける姿も見かける。男性が自宅に来ている間は玄関のかぎが掛かっており、相当親密な関係らしいと、近所で評判になっているというのだ。 調査結果を報告したところ、妻は「亡くなった同僚の奥さんに間違いありません。女性の目的はお金でしょう。きっとだまされているんです 」とむしろ夫をかばっていた。

六十代男女の離婚急増

金沢市内に住む山川六郎さん(70)=仮名=も実際の年齢より十歳は若く見えるダンディな男性だ。定年退職後、退職金を元手にして夫婦で小さな喫茶店を始めた。山川さん方は夫婦二人暮らしで、息子夫婦は東京で暮らしている。

山川さんは午後六時ごろに帰宅する。だが、最近は妻(64)が夜、店を閉めて帰宅した時、先に帰ったはずの夫の姿が見えないことが多い。しかも、タ方になると店に無言電話がしばしばかかるようになった。電話がかかった日、山川さんの帰宅は決まって午前一時過ぎになる。妻は山川さんの浮気を疑い、素行調査を依頼した。

調査を開始したある日のタ方、山川さんは喫茶店を出て片町の居酒屋に入った。監視を続けていると、間もなく四十二、三歳の女性が山川さんの横の席に座った。三十分ぐらいして二人は居酒屋を出た。竪町商店街を肩を並べて歩き、時計店で女性にプレゼントの時計を買っていた。
一見、父親と娘とも映るが、二人の行き先は繁華街近くの同伴ホテルであった。

その後の調べで、女性は片町でパート勤めをしている四十七歳の主婦であり、夫は五十五歳のおとなしく家庭的なサラリーマンで、娘が二人いることが分かった。
山川さんの妻に調査結果を報告したところ、妻は「浮気の証拠をつかんで離婚しようと思ったわけじゃありません。ただ、白黒をはっきりさせたかったのです。味気ない日々の暮らしの中で、夫だけが浮気をして生き生きしているのはしゃくにさわります。人生の終盤に来てなぜ・・・」と言葉を詰まらせた。

高齢者の場合、浮気を知った妻が離婚を申し出るケースは調査依頼を受けた中ではまれである。しかし、厚生省の人口動態統計によると、ここ数年、離婚総件数はほぼ横ばいなのに、六十歳以上の高齢者の離婚は急激に増えている。妻たちの意識も徐々に変化しているのだ。(最近の調査結果を素材にした創作です)

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