アクタス2月号女探偵は見た人生こころ模様第1回

アクタス2月号　女探偵は見た　人生こころ模様　第1回

目に見えない何か

アクタス　2014.2月号

突然ですが、あなたが選んだ伴侶は、あなたにとって一番好きな人でしたか？
もし、あなたが独身だったら、どんな妥協もせず一番好きな人と結婚しますか？
そのような質問に対し、もちろん「嫌きらいな人と結婚なんてする訳わけがない」と一様に答える人が多いのではないかと思います。
しかしながら、探偵業を通じて男女の関係を数多く見てきた私にとって、世間では好きだけど結ばれない関係って意外と多いと感じるのです。

昨年２月に事務所を訪ねてきた小松市の会社員中山美樹さん（41）＝仮名＝も、そんな一人でした。美樹さんはいわゆる霊感や第六感がとても強く、かつ、その超人的ともいえる予知能力が、かえって悩みの種だったのです。
そんな類の胡散臭くさい話は世間にはよくあることです。私自身、勘の鋭するどさに自信はあっても、非科学的なものを信用することはありませんでした。

それはさておき、その時の私は、美樹さんの話に対し、それが本当のことかどうかを意図的に気にしないよう振る舞いました。

ところが、話をしている美樹さんの表情は真剣そのもので、内容もつじつまが合い、どれ一つとってもうそをついているようには見えませんでした。
さらに親身に聞いていくうちに、うそをついていないという確信を得るに至りました。

そして、その後の話にどんどん引き込まれ、美樹さんの「超能力」に対して、だんだん興味を覚えていきました。

同級生の足が影のよう

美樹さんが数年前のある日、金沢市内に遊びに出掛けた時のことでした。

「あら、美樹じゃないの？」

「あれっ幸ちゃん？」

街角でばったり会い、呼びかけてきたその女性は、美樹さんの中学時代の同級生だった幸子さん（41）＝仮名＝でした。
呼びかけに振り向いた美樹さんは、他愛のない昔話に花を咲かせ、電話番号を交換し、「今度会おうね」と言って別れたそうです。
その時、美樹さんは幸子さんの姿に生気の弱さを感じ、同時に彼女の足が黒く影のように見え、足が存在しないようだったと言います。

それが不吉の前兆のように思えた美樹さんは、ひそかに幸子さんの身を案じていました。
しかし、嫌な予感は的中し、数日後、幸子さんは交通事故で亡くなったのです。

美樹さんのその話の内容は、あまりにも唐突で現実離れしており、にわかに信じる事はできませんでした。
ただ、調査業に従事する者にとっては、相談者、依頼人を信じることができないと調査にも支障が出ることは明白です。
ですから、私は美樹さんをできる限り信じる努力をすることにしました。

さらに話を聞くと、美樹さんの不思議な体験はこれだけではなく、幾度か同じような経験をしたそうです。

夢の中に登場してくる人が重病だったり、または死んでいく不吉な夢を見た時は、それが正夢となり、現実に重病で苦しんでいたり、亡くなっていたのです。
美樹さんはそれらが神のお告つげのような大切な知らせだと受け止めていたようです。

病床で苦しむ元カレ

そんな美樹さんが、最も辛い夢に苛なまれたのは、昨年１月のある日のことでした。

その日はなかなか眠りにつけず、少しうとうとしてきた夢の中に登場してきたのは、昔交際していた文夫さん（41）＝仮名＝でした。
夢の中の文夫さんは、病院のベッドで、もがき苦しんでいました。２日続けて同じ夢を見た美樹さんは、ただごとではないと感じたようです。

「気が気ではないので、何とか彼の近況を調べてください」。

これが美樹さんの依頼でした。
ただし、この手の調査では、ストーカー行為を目的としたものなのか、それとも、大切な人の身を案じる気持ちからなのかを、事前に必ず確認しなければなりません。
ストーカー目的なら、犯罪行為に手を貸すことになるからです。

これをはっきりさせるために、私は美樹さんにいくつかの質問をしました。
「文夫さんとはいつ、どこで知り合ったのですか」
「大阪の大学で学友として出会い、交際するようになりました。その後、結婚を約束する仲に発展しました」
「どのようないきさつで彼と離ればなれになったのですか」
「彼の出身地は広島市で、大学卒業時、彼は親に連れ戻される格好で帰郷しました」
「その後は」
「しばらく遠距離恋愛を続けていましたが、彼のお母さんの猛烈な反対に遭い、会うことが許されなくなって、別れることになりました」
「なぜ文夫さんの母親に猛反対をくらったのですか」
「彼のお母さんは、私に限らず、同性への嫉妬心が異常なまでに強かったようです。愛する我が子を、私のような女に取られたくないと思ったのかもしれません」
「文夫さんには幸せになってもらいたいですか？　文夫さんにいい人がいた場合は見守ってあげられますか？」
「はい、もちろんです」
美樹さんの答えを聞き、私の迷いは消えました。

いくつもトラブル抱え

こうしたやり取りの後、私は調査員２人を連れて早速、広島へ向かいました。
幸い、美樹さんは文夫さんの実家の住所や生い立ちなど情報を豊富に持っており、これをもとに調査を開始しました。

文夫さんの実家の近きん隣りん住民や、文夫さんの友人、知人に聞き込みをしたところ、文夫さんの所在が分からなくなっており、実家では母親が一人で暮らしていました。
調査開始から数日後、文夫さんが呉市内の飲食店のチェーン店で従業員として働いていたことが分かりました。
そこで当時の同僚らから得た情報はかなり有力でした。
文夫さんは独立志向が強く、飲食店を辞めてラーメン店を開業したものの、経営がうまくいかずに２年ほどで閉店。

そこへきて、文夫さんの父親の他界、ラーメン店を共同で経営していた親友との絶縁など、いくつもトラブルを抱えていたのです。
もちろん文夫さんの居場所も突き止めました。
訪ねてみると、文夫さんはファミリーレストランのアルバイトなどで食いつないでおり、見るからに荒すさんだ生活を送っていたようです。
私は文夫さんに美樹さんがしたためた手紙を渡しました。
その後、２人は再会することになり、私もその場に同席することになりました。