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アクタス1月号 女探偵は見た 人生こころ模様 第1回

怪文書が導いた結末

アクタス 2014.1月号

世の中には、策士ともいうべき見事な戦略に打って出る人がいます。
2013年1月にあったケースは今も忘れられません。
それは、真夜中に鳴った1本の電話から始まりました。
「はい、桂木紀子探偵事務所ですが…」
鳴り響く電話の音で眠りから起こされ、とっさにこう答える私に電話の主は無言のまま。
夜間も相談対応しているとはいえ、こんな真夜中にかかってくる電話はタチの悪いイタズラか、深刻な悩みごとで眠りに就けない人の調査依頼のどちらかに決まっています。 切ろうとした瞬間、電話の主がやっと重い口を開きました。
「あの、夜分すみません。今の時間でも相談大丈夫ですか?」

サークル内で不倫関係

声の主は、金沢市内の建設会社に勤める山田利夫さん(44)=仮名=。私は「大丈夫です。気になさらず、ご相談ください」といつも以上に気遣づかいます。
すると、利夫さんは「実は…。妻が隣の部屋で寝ているので」と小さな声で話し始めました。
相談は、利夫さん宛に怪文書が届き、その内容に戸惑っているというものでした。
プリンターで印刷されており、誰の仕業か見当がつかないとのことでしたが、要点は、はっきりしていました。
利夫さんの妻が、同じサークル内の男性と浮気をしているというのです。
手紙には、相手の男(37)が金沢市の会社員で、実家が資産家であること、さらに浮気場所、日時まで事細かに書かれていました。
文末は「サークル内で不倫関係にあると、私たちサークル仲間が迷惑をしますので、旦那さんがしっかりと奥さんの浮気を把握して、何とかしてください」と締めてあったといいます。

利夫さんの妻陽子さん(42)=仮名=は金沢市内の商事会社に勤め、平日の夜や週末になると、趣味のサークルに足あし繁しげく通っていました。そのこともあって、利夫さんは、このただならぬ事態にいよいよ不安を抱いたようです。
翌日、来社した利夫さんに詳しく話を聞くと、利夫さん夫妻が結婚したのは約20年前で、出会って半年で結婚。いわゆるスピード婚でした。夫婦には、高校2年と中学3年の2人の息子がいます。
そんな利夫さんが妻の浮気を疑うようになったのは、実は怪文書が届く前からだったようです。
「結婚当初から、妻は休日になると、朝から趣味のサークルへ出掛け、遅くまで帰らない。私と一緒に過ごしたことは、ほとんどない」 利夫さんはさらに続けました。
「最近は下着が派手になり、週に1度はあった夜の営みさえも、今じゃ拒否されてばかり。理由を尋ねると、やたら不機嫌になる。どう考えてもおかしいでしょう」
こうした事情もあり、利夫さんは、真実を確かめる必要があると思ったそうです。
「もし浮気が本当なら、相手の男は許せない。慰謝料を請求し償つぐなわせるつもりです」。
利夫さんは声を震ふるわせ、こう漏らしました。
差出人は得をする人物 利夫さんの話から、私はこう推理しました。怪文書の差出人は、密告して得をする人物。となると、サークル仲間からの投函とは考えにくい。陽子さんの浮気相手の妻か、あるいは、その男に別の愛人がいて、その愛人が差し出したものではないか。

しかし、結論はそう単純ではありませんでした。陽子さんは女の私の目から見ても容姿端麗。しかも明るく社交的な性格で、男女問わず友達も多かったようです。 そんな陽子さんを世間の男たちは放っておきませんでした。ほっそりしたその体をさらに熱心にジムでしぼり、白い肌をエステで磨みがくのが彼女の日課。それが不倫相手のためであろうことは容易に察しが付きました。結婚生活を続ける理由は、世間体と経済的な部分だけなのでしょう。
数日後の日曜日、密告情報をもとに、私たちは朝から利夫さん方付近で張り込みを始めました。
張り込みはきつい仕事です。周囲から車に乗っていることを悟られずに、余すことなく状況を写真に収めなければなりません。延々と続く神経戦なのです。
配偶者の協力のもと、GPS(衛星利用測位システム)付きの機器などを忍ばせることもありますが、自分の目で追わないと、証拠を取れない場合もあります。加えて、調査の過程でさまざまな〝邪魔 〟が入ることも少なくありません。忍耐力と調査技術に加え、臨機 応変な対応を可能にする創意工夫、経験、勇気、そして人間力が求められるのです。ちなみに、尾行や張り込みでは私のような女性探偵が重宝されます。物腰の柔らかい女性の方が警戒されにくいからです。

能登ドライブ後、ホテルへ 張り込み開始から2時間後、陽子さんが運転する車がガレージから姿を現わし、金沢市郊外にある大型スーパーの駐車場の片隅で停車しました。

「おそらく男が乗った車が来る」
調査員の一人がつぶやいた矢先、陽子さんの車の隣に黒い高級セダンが止まりました。
その車に陽子さんが乗ると思いきや、革のジャケットを着た細身の男が降りてきて、陽子さんの車の助手席に乗り込んだのです。
男が陽子さんの車に乗ったことで、2人の力関係が垣間見えました。
車が向かった先は能登方面の温泉施設。2人は男女別々の浴場に入り、ひと時を過ごしました。
しかし、これだけでは不貞行為とは言えません。
調査員の誰もが、ここからが正念場だと気を引き締めました。
約2時間後、2人は温泉施設を後にし、陽子さんの運転で金沢方面へ向かいました。尾行が長距離に及んだため、複数の調査車両が交代で2人を追いました。
その日の夜、ついに2人を乗せた車は市内のラブホテルに入っていきました。
こうした張り込みと尾行を3週間ほど続け、2人の関係が継続的である証拠をつかんだ私たちは、調査結果をまとめた報告書を利夫さんに手渡しました。
利夫さんはそれを手に、浮気相手の男の家に赴き、男の妻に直接問いただしました。
「こんな怪文書を私に送りつけたのは、あなたじゃないんですか」
「何のことか分かりませんが」
「ご主人が私の妻と浮気しているんです。それをやめさせるため、こんなことをしたんでしょう」
「知りません。それに、夫に限ってそんなこと、するはずがありません」
どうやら妻は怪文書の件を本当に知らなかったようです。
必死に夫を擁護する妻に、利夫さんは調査報告書を見せました。
妻はようやく状況を理解し、その場に泣き崩くずれたといいます。
「彼女の芝居じゃないかしら」。
このやりとりを聞き、私の長年の経験がそう思わせました。
しかし、陽子さんの浮気の証拠が十分そろい、利夫さんにも、これ以上追及する意思がなかったため、これで調査を終了しました。
利夫さん夫婦が離婚したのは、それから半年後。利夫さんは陽子さんの浮気相手から相場より多い慰謝料を受け取り、2人の息子を養っていくことになりました。
ほぼ同時期、男の方も妻と離婚。その後、陽子さんと男は一緒になったそうです。

子を持つ母の親心も

それにしても、いったい誰が怪文書を出したのでしょうか。
2カ月後のある日、利夫さんが事務所を訪ねてきました。
「やっと怪文書の差出人が分かりました」
私は利夫さんの話を聞いて驚きました。何と、陽子さん本人だったというのです。
利夫さんは陽子さんと共通の知人からこんな話を聞いたそうです。
「浮気相手から『妻と早く別れる』と言われ、彼女は本気になったみたい。でも、なかなか進展しないので、自分で怪文書を作り、あなた(利夫さん)宛てに送り付けてやったと言っていた」
利夫さんは「陽子はどうやら、私が浮気相手の家に乗り込むことまで計算していたらしい。そこまでして別れたかったのかと思うと、本当にやりきれない」と深いため息をつきました。
肩を落とす利夫さんに、私は言葉を掛けられませんでした。
このように手段を選ばない冷徹さを持つ陽子さんだが、2人の息子のことは気がかりだったのでしょうか。
進学に掛かる費用の足になればと、毎月現金を送金しているようです。
したたかな女性がのぞかせた、女心や子を持つ母の親心。女とは、男にとってつくづく悩ましい生き物なのだろうと思います。

(登場人物は調査結果を素材にした創作です)

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