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アクタス1993年5月号 ▼探偵の人間万華鏡▼⑤

子どもの心見えぬ親たち

深夜にヒソヒソ声で電話

「最近、娘の帰宅が真夜中になることがちょくちょくあるんです。娘は、”友だち”と一緒だ、と言うんですが、どこで何をしているのかさっばり分かりません。調べて下さい」

金沢市内に住む四十代の主婦が、疲れ切った表情で調査事務所を訪れた。中学一年になる長女の中島香さん(一四)=仮名=の行動を調査して欲しいというのだ。

中島さん方はサラリーマン家庭で、両親と香さん、小学五年の弟の四人家族である。母親の話によると、香さんは中学二年までは午後六時ごろまでに帰宅し、家庭内で波風を立てることもなかった。帰宅時間が遅くなり始めたのは、中学二年の夏休みが明けたころからである。それでも午後八時ごろまでには帰宅していたため、母親は「友だちの家で遊んで来た」という香さんの言葉を信じ、さほど気に止めてはいなかった。

ところが三年になると、帰宅時間がさらに遅くなったのである。毎週土曜日、午後二時ごろにいったんは帰宅するものの、「友だちの家へ行く」と言い残して外出し、午後十時ごろまで帰って来ないのだ。それと同時に、学校の成績も急に下がり始めた。母親が「勉強しなくて大丈夫なの。もっと早く帰ってきなさい」と注意しても、香さんは適当にはぐらかして聞く耳を持だなかった。

香さんの態度も次第にし方が乱暴になり、食ってかかるような反抗的態度も目立つようになったのである。両親は「年齢的に反抗期に差し掛かっているのだろう」と、あえてきつくしかることは控えていた。

そのうち、夜中に電話が頻繁にかかるようになった。電話のベルが鳴ると、香さんは家族のだれよりも早く受話器を取って、ヒソヒソ声で長時間にわたって話し込んでいた。母親が電話の相手について聞いても、香さんは「友だち」と言うだけで、だれなのかは具体的に話そうとはしなかった。 両親はわが子を信じてやろうと自分たちに言い聞かせる一方で、来春に受験を控え、今のような生活を見過ごしていていいものか、心が揺れ動き、やむにやまれずわが子の行動調査を依頼してきたわけである。

石材置場でシンナー遊び

早速、調査を開始した。ある土曜日の午後二時ごろから、中島さん宅付近で待機していたところ、香さんは午後四時ごろ、ふだん着姿で出て来た。顔を見ると、ニキビの目立つまだあどけない少女である。

片町方向に歩いて行くのを尾行する。早足で歩いていたかと思うと、幼児たちが遊んでいるのを見掛けて立ち止まる。行き先が決まっているのかいないのか、分からないような足取りだ。犀川沿いの歩道から桜橋近くの河川敷に降りて行き、芝生の上に腰を下ろして川の流れをボンヤリ見ていた。間もなく、同じ年ごろの女の子が後ろから近づいて来て、肩をたたいた。友だちらしい。

十数分後、今度は十七、八歳ぐらいの二人の男が歩み寄って来た。一人は髪を赤茶色に染め、もう一人は長髪のボサボサ頭である。四人は顔見知りらしく、輪になってふざけ合っている。時折、大きな笑い声が聞こえた。

さらに尾行を続けた。

四人は近くの石材置場に入り込み、大きな石の陰に姿を隠した。物音ひとつしない。一時間余りたった。石の陰から出てきた四人の様子がおかしい。足がもつれ、真っすぐには歩けないフラフラの状態である。四人がいた石の陰を調べたところ、透き通った空き瓶とナイロン袋が散乱し、鼻を突くような強烈な臭いが立ち込めていた。四人はナイロン袋を使ってシンナーを吸っていたのである。

学校の担任にはひた隠し

調査結果を母親に報告したところ、母親は「何かの間違いではないですか。まさか、うちの子に限ってそんな不良グルーブに入っているわけが……」と言葉葉を失った。

ここ数年、香さんの母親のように、わが子の行動を調査してほしいとの依頼が確実に増えている。十年ぐらい前ならまったくなかったタイプの依頼である。依頼してくるのは夫婦が別居しているなどの崩壊した家庭ではなく、経済的にも比較的恵まれたごく普通の家庭が多い。さらに共通しているのは、本来なら真っ先に相談すべき学校の担任には一切相談していないということである。中学生の場合は「もし非行が学校側に分かれば内申書に影響するのではないか」、高校生の場合は「不良というレッテルが張られ、停学処分や退学処分になるのが怖い」というのが大方の理由らしい。

金沢市内の県立高校一年寺岡律子さん(一六)=仮名=の母親も、律子さんの帰宅時間が遅いことを心配して、調査依頼に訪れたケースだ。寺岡さん方は両親と律子さん、関西の有名大学へ行っている兄の四人家族である。父親は大手企業に勤めるエリートサラリーマンで、母親はお茶とお花の先生をしている。

母親の話によると、律子さんは中学時代は陸上部で活躍し、生き生きとしていた。ところが、現在通学する高校が第一志望でなかったこともあってか、入学当初は「高校なんてつまらない」と不平を漏らしていた。それでも、いったんは気を取り直して陸上部に入り、半年余りはクラブ活動に情熱を燃やしているかに見えた。しかし、先輩との折り合いがうまくいかなくなったとの理由で、退部してしまった。律子さんの生活が荒れ始めたのは、ちょうどそのころからだった。

学校に行かない日が目立つようになったのである。母親が学校へ行くように促しても、「退学したい」と言うばかり。二年の夏休みが明けて からは、帰宅時間が午後九時をまわるようになり、不登校もさらに頻繁になった。学校に行かない日は昼過ぎまで寝ていて、タ方になると外出し、真夜中に帰宅するといった生活ぶり。土曜日夜には家に帰らないこともあった。

父親は母親に、「家庭のことはお前の責任だ。律子はいったい、夜中まで外で何をしているんだ。お前、本当に知らないのか」と怒鳴った。母親は相談する相手もおらず、途方に暮れて調査事務所に駆け込んできたのである。

マンションで学生と密会

依頼を受けた数日後、調査に入った。学校の前で待機していたところ、律子さんは午後一時十五分ごろ、友だちと二人で学校から出て来て近くのラーメン店に入った。昼食をすませた後、二人は店の前で別れた。その後、律子さんは一人でバスに乗り込み、金沢市南部のバス停で下車した。自宅から五km以上も離れた場所である。

律子さんは五百mほど離れたワンルームマンションまで歩いて行き、三階の部屋に入って行った。時計の針は午後二時二十分を指している。

監視を続けていると、午後五時五十分、二十歳前後の若者と二人で部屋から出てきた。男は自転車を押してバス停まで律子さんを送った。その日、律子さんは同六時半ごろには帰宅した。

その後、数日間調査を続けたところ、律子さんは下校後、決まってマンションを訪れていた。男は金沢市内の私立大学に通う学生だった。母親を同行してマンションを訪れ、部屋のチャイムを押した。ねぼけ顔の学生がトランクスー枚の姿でドアを開けた。「部屋の中に律子さんがいますね」と尋ねたところ、学生は悪びれもせず「はい」とあっさり認めた。下着姿の律子さんを見つけた母親は肝をつぶし、その場でよろけるようにしてしゃがみ込んだ。

香さんや律子さんのように非行がエスカレートするまでには、子供の心の中に当然、葛藤があったはずである。親が子供の心の悩みを洗いざらい聞いてやれないのはなぜなのか。励ましたり、しかったりできないのはなぜなのか。子供の行動調査報告書を親に渡す時、いつもそんな疑問が心の中をよぎるのである。

(最近の調査結果を素材にした創作です)

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