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アクタス10月号 女探偵は見た 人生こころ模様 第10回

他人の評価は大切

アクタス 2014.10月号

アクタス 2014.10月号

 あなたは自分が他人からどのように評価されているか、気になったことはありませんか。
 富山県内の会社員西野哲夫さん(41)=仮名=は、市内の会社の部長職に就き、20人以上の部下の指揮を執と っていました。社内での出世は早い方で、収入も高く、周囲からは成功者とみられていたようです。
 そんな西野さんに今年6月、同社専務の山岡将博さん(52)=仮名=から、こんな携帯メールが届きました。
 「西野君は降格処分、もしくは別の部署へ配属を考えているから、安心しなさい」
 送り先を間違えたらしい山岡専務のメールからは、西野さんを更迭しようという意図がありありと見えました。

攻めの姿勢を選択

 西野さんにとって、選択肢は次の2通りでした。1つは、山岡専務に直接問いただすこと。間違いメールを送った事実をもとに、理由を尋ね、その阻止を図るのです。
ただ、更迭理由を覆すだけの材料がない場合は、単なる「お願い」になるにとどまります。メールの文面からしても、更迭が決定しているような状況を、それで覆せるとは思えません。また、現在、西野さんと山岡専務の関係は決して良好とはいえず、「お願い」しても聞き入れてもらえない可能性が大きそうでした。
もう1つの選択肢は、このメールの本来の送信相手がいったい誰だったのかを探ることです。
「部署の業績は、すこぶる良い。どうして、私が更迭されなければならないのか?」
西野さんには山岡専務の陰謀としか考えられませんでした。
なぜ山岡専務がそのような画策をするに至ったのか、そして、西野さんの後任はいったい誰なのか。その理由を探りながら、山岡専務の弱みを見つけ出し、対決するという方法です。
西野さんは結局、守りより攻めの姿勢が大切だと考え、当社に調査を依頼するに至ったのです。

派遣社員として社内へ

 情報管理が厳しい企業内での調査は、決して簡単ではありません。しかし、「退職も覚悟のうえ」という、まさに男の意地に私の心は動かされました。
幸い、西野さんは人事権を持っていました。そこで、調査員の男女2人を派遣社員として臨時採用してもらい、内部から調査を行うことにしました。
西野さんの降格人事のうわさが出回らないうちに、全ての真相を暴かなければならず、ことを急ぐ必要がありました。このため、少しでも早く社内で人脈を築けるよう、採用後の役割、配置などを細かく打ち合わせて調査に臨みました。
西野さんは、メールの送信相手を、おそらく自分の部下ではないかと見ていました。信頼する部下が陰謀に加担していると思うと苛立ちがこみ上げてきましたが、何とか気持ちを落ち着かせ、努めて普段通りに行動しました。

社内不倫がきっかけ

 調査開始後間もなく、潜入した女性調査員が思わぬ情報を入手しました。西野さんは社内に愛人がいて、それは、山岡専務も目を掛けていた専務付秘書の北野麗香さん(32)=仮名=だというのです。
調査員の話によると、山岡専務は、北野さんとの関係を男女の交際に発展させようと、いろいろ手を打っていたようです。それらが上手くいかない中で、西野さんと北野さんのうわさが広がり、山岡専務の怒りを買ったというのです。
西野さんが疑われたのには理由がありました。北野さんは西野さんに採用されており、山岡専務の秘書に抜擢されるまで、2人は一緒に働いていたからです。
そこで、うわさの真相を西野さんに確かめると、西野さんは 「北野君と関係を持っていたのは本当です」とあっさり認めました。しかし、西野さんが話す事実関係は、調査員の情報とは異なっていました。
「北野君には、私とは別に交際している男がいて、しばらくして彼女と男は別れることになったんです。そうしたら、あろうことか、男が嫌らせで私と彼女の関係を社内の人に漏らした。山岡専務をばかにするようなうわさも流され、専務もそれを聞きつけたのではないか」
西野さんはさらに続けました。
「その後、うわさが妻の耳にも入り、それがきっかけで離婚しました。妻は元々、精神的に不安定で、それ以上一緒に暮らしてはいけないと思ったんです。私たちには子供ができなかったので、養育費の支払いはなく、慰謝料を支払いました。裁判離婚だったので、2年もかかりましたけど」

ふく讐に燃える元妻

 ここまでの話を聞き、私はピンとくるものを感じました。それはまさに、女の勘でした。
「現在、別れた奥さんと連絡を取ったり、会ったりすることはありますか?」
私の問いに、西野さんはこう答えました。
「ありません、というより、離婚が成立した後もメールや電話がしつこかったので、アドレスや電話番号を変えました」
私はさらに尋ねました。
「奥さんは、あなたと北野さんの不倫問題を誰かに相談していましたか?」
西野さんの回答はこうでした。
「実は、私が山岡専務に相談したんです。専務から同じ男として同情され、助言を受けて私たち夫婦は別居し、その後、離婚に至りました」
こうした状況を知った私には、一つの疑問が浮かびました。
「本当に山岡専務が送ったメールは間違いだったのか」
私は、精神面で問題を抱えている元妻が何か関係しているような気がしてなりませんでした。私たちは、社内での裏付け調査を進めると同時に、西野さんの元妻の素行調査を並行させました。その結果、驚くことに、元妻は山岡専務と現在、不倫関係にあったのです。
この不倫は元妻の方が誘ったものでした。それは、山岡専務を愛するがゆえというより、西野さんへの復讐という側面が強かったようです。まさに、元妻の女の意地だったのです。
くだんの「間違いメール」も、元妻が山岡専務に作らせたものだったことが判明しました。山岡専務は元妻から「送ってくれないと、私たちの関係を社内にばらす」などと脅されていたそうです。

「腹黒い」「世渡り上手」

 ところで、実際に社内で調査をしてみると、西野さんの評判は「腹黒い」「男性と女性で差別する」「上司に取り入られるのがうまい世渡り上手」「自分のことしか考えていない」といった、散々なものでした。
西野さん本人は、容姿や包容力に自信を持ち、男女問わず人気があると自負していたようですが、それとはかけ離れた周囲の評価に、調査員の一人が「これでは、良からぬうわさを立てられても不思議はない」とぽつり。私たちは、しきりにうなずきました。
調査業務を続けていて思うのは、離婚や転職によって、幸福がもたらされる人は、一部の人に過ぎないということです。むしろ、転職や離婚といった変化を求めた人は、その後、さらなる不幸が待ち受けていることも当然ながらあるのです。
自分以外の外的要素に変化を求めるのも、時には大切なことかもしれません。しかし、柔軟性を持って現状に耐た えることも重要なのです。
私が考える人生の大きなテーマは「自分が納得できる生き方をしたのか」、そして、「他人が自分をどのように評価してくれているか」という2点です。
前者は「自分のために、どのように生きたか」を問い、後者は「他者にどのように貢献し、接したのか」を問いかけていると言い換えてもよいでしょう。

他者への感謝が人望に

 私たちは一人では生きていけません。自らチャンスをつかんで幸せになったと思っていても、少なからず周囲の恩恵を受けているものです。そのことを理解し、他者への感謝を忘れないことが、人望につながっていくのではないでしょうか。
今回の依頼者は、自分自身を客観的に見つめ、同時に現在の諸問題を解決できましたが、やはり、人を裏切ると、ろくなことはないとつくづく感じました。

(登場人物は調査結果を素材にした創作です)

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