メディア掲載実績

アクタス5月号 女探偵は見た 人生こころ模様 第5回

パワハラと闘う女

アクタス 2014.5月号

パワーハラスメント(パワハラ)とは、職場での立場を利用した、いわばイジメのようなものです。それは、企業責任も問われかねない不法行為です。どこの会社でも起こりうる現代社会の闇。あなたの周りでは、そんな光景はありませんか?

今回紹介する事例は、そのような被害を受けているとまで言えるかどうか微妙な立場の人たちが、人事を司どる管理責任者を会社の上層部に内部告発しようとした話です。

「上層部に告発したい」

昨年11月ごろ、私の事務所に1人の女性が調査の依頼にやってきました。金沢市の会社員橋本麗子さん(51)=仮名=です。

「理不尽な上司が許せない。会社の上層部に告発するため、力を貸してほしい」。 橋本さんはすがるような表情で語り始めました。

橋本さんは有名企業の金沢支店の業務責任者でした。職場のスタッフは女性がほとんどで、1カ月に1、2回、東京の本社から出向してくる人事部長の前田弘明さん(47)=仮名=が、橋本さんの直属の上司でした。

和気あいあいとした職場の雰囲気がおかしくなり始めたのは、橋本さんが依頼に訪れる1年ほど前のことでした。

ある日、金沢駅からほど近い居酒屋で職場の懇親会が開かれました。 大勢の女性スタッフに、本社からやってきた前田部長が加わり、約2時間の飲み会は大いに盛り上がったそうです。

お開きの後、橋本さんはタクシーで帰宅途中、前田部長に資料を渡し忘れたことに気がつき、直接、滞在先のホテルへ届けに行くことにしました。

ホテルで同僚とばったり

前田部長が金沢に来る時は、橋本さんが宿泊先の手配をする役だったので、部屋番号は分かっていました。 フロントの係員に内線電話で前田部長を呼び出してもらっている間、何気なくロビーを見ると、そこに同僚の吉野美和さん(34)=仮名=がいました。

「あれ、吉野さん、どうしたの?」 その声に振り向いた吉野さんは「は、橋本さんこそ、どうしたんですか」と、明らかにうろたえた様子でした。

吉野さんは続けざまに「実は酔っていて、何が何だか、まったく分からないんです。ここはどこ?」と聞く始末です。

橋本さんはピンと来ました。吉野さんは酔ったふりをして、実は皆がいなくなった後で前田部長の部屋に行くのだ、事前に部長と示 し合わせていたに違いない、と。橋本さんは、吉野さんの動揺に気づかないふりをすることにしました。

「私は前田部長から預かった大事な資料を届けに来たの」橋本さんはこう言いながらフロントに資料を預け、 「吉野さん、タクシーを待たせているから、一緒に帰ろうね。方向は一緒でしょ」と半ば強引に誘いました。

吉野さんは嫌そうな表情を見せながら、「う、うん」とタクシーに同乗したそうです。タクシーの中で、橋本さんはこらえきれずに説教じみたことを言いました。

「吉野さん、部長の部屋へ行くつもりだったの? あなたも夫がいる身だったら、貞操は守らなくちゃだめよ」2人は普段から、それほど仲が良いわけではなく、橋本さんは、無意識のうちに優位に立とうとしたのかもしれません。

一方の吉野さんは、その言葉を侮辱ととらえたのでしょうか。2人の関係はますます悪化したといいます。

開き直る上司

吉野さんは、きれいな顔立ちでスタイルも良く、男性受けするタイプでした。また、前田部長はイケメンで背も高く、女性からの人気もありました。 お互い結婚しており、立場的には、いわゆるダブル不倫です。

橋本さんは、その不倫現場に運悪く「目撃者」として名乗り出てしまった格好となったのです。このことが前田部長の耳に入るのに時間はかかりませんでした。

次の日、橋本さんは前田部長に呼び出されました。「吉野君から聞いたよ。まるで、私と吉野君が不倫しているように言っていたらしいね」 橋本さんは、何とも嫌なタイミングで忘れ物を届けに行ってしまった自分を責めるしかありませんでした。

「たしかに、それらしい言葉を口にした。誰がどう見てもそうだったからだ。でも証拠がないから、ほかの誰にも言っていない。それなのに、こんな嫌みを言われるなんて」その後、前田部長と吉野さんは橋本さんに対し、仕返しとも取れる方法で嫌がらせをするようになりました。

前田部長の宿泊の手配など、橋本さんがやっていた仕事はすべて、吉野さんに回されるようになったのです。

橋本さんが理由を尋たずねると、前田部長は「信頼できる吉野君に頼むことにした。君は人を詮索し、プライバシーや名誉を傷つけている。これは、著しく社内の風紀を乱す行為だ」と開き直ったそうです。橋本さんの立場はどんどん悪くなり、窓際に追いやられていきました。

「あの2人は不倫の証拠がないのをいいことに、暴挙に出たのだ」。橋本さんは、こう悟ったのでした。

その後、吉野さんは重要な仕事に抜擢されるなど、優遇されることが増えました。当然、職場内では「2人はデキている」とのうわさで持ちきりでした。吉野さん1人に対するえこひいきへの不満は職場中に広がり、次第に橋本さんへの支持に転化していきました。そしてついに、橋本さんが中心となり、2人の横暴の実態を上層部に訴ったえるため、立ち上がったのです。

被害者の救済が課題

今回のケースがパワハラに当たるかどうかは別として、実はこのような依頼案件は、法の整備とともに年々多くなってきました。パワハラの定義とは「職場において、地位や人間関係で弱い立場の労働者に対して、精神的または身体的な苦痛を与えることにより、結果として労働者の働く権利を侵害し、職場環境を悪化させる行為」です。

たまに「パワハラ被害で会社側を訴えた場合、会社に社会的な制裁を与えることができますか」という相談もあります。しかし、たとえ会社側にダメージを与えることができたとしても、結局は会社を辞めたくない人が辞めざるを得ない立場に追いやられるケースが多いようです。つまり、真の意味で被害者が救済されることはほとんどないのです。 ここがパワハラの最大の問題だと私は考えます。

話を橋本さんが私たちの事務所を訪れた場面に戻します。職場の代表として相談にやってきた橋本さんは「このままでは、私たちは不条理な環境で働き続けなければならない。何とか2人の不倫の証拠をつかんでほしい」と訴えました。

ただ、これは非常にデリケートな問題です。まず、個人のプライバシーに十分配慮する必要があります。その証拠が調査対象にとって名誉毀損に当たると、逆に訴えられてしまうからです。扱いが難しい証拠だからこそ、その使い方についても慎重にならなければなりません。だから、依頼者を信用して良いかどうかも重要なポイントになります。

私は橋本さん以外に、もう1人、別の同僚から話を聞き、会社の誰に証拠書類を送るのかをはっきりさせたうえで、調査を受けることにしました。

「彼を追い込みたくない」

私は部下の調査員を連れて前田部長が滞在するホテルを張り込み、前田部長の部屋に何度も出入りする吉野さんを撮影することに成功しました。2人がホテルで会っていること、このような関係が継続していることを証明できたのです。

「証拠、取りましたよ」 橋本さんは私の言葉を聞いて涙を流して喜んだ後、こう続けました。「実は私も悪かったんです。私も前田部長が好きだったから。2人を別れさせたいという嫉妬があったんです。だから、思い切って部長と2人で話してみました。そうしたら部長、申し訳なかったと謝あやまってくれて…。これ以上、彼を追い込みたくないので、もう終わりにします」

結局、橋本さんは被害者にも、加害者にも、傍観者にもならなかったのでした。 それにしても、イイ男とは、つくづく得なものです。

(登場人物は調査結果を素材にした創作です)

  |  

メディア掲載実績一覧に戻る

Return to Top ▲Return to Top ▲